□星1月23日
何処にも名前がなく、知る人も居ない地名について問われた。
ベルくんから貰った断片的な情報から考えられる可能性として、その地名が俗称である可能性、時を経て名称が変遷してしまっている可能性、東方の”隠れ里”のように詳細を秘匿している場所である可能性について述べておいたが、正直な所僕のカンではそのどれでも無い気がしている。
一応ごくごくソフトに件の人物の海難事故での昏倒と結びつけて「記憶の方を疑え」とは告げておいたものの、彼女の抱える物語は記憶の混濁、というだけでは説明のつかないものが多い。
存在しない筈の地名、地脈の結節点、…かの”夢”のことも然りだ。問うてみたいが、なかなか機会に恵まれないな。
●貸出メモ
帝国に侵略された国を調べたい:属州の前名称も記載されたイルサバード大陸を中心とした地図を貸出。
そういえば昨日僕が何をやらかしたのかの謎は解けた。記憶が無いのが勿体無い。
しかし代償とでも言うべきか、逃げ場が無くなってしまった。元より彼に対してこれ以上此方の事情を隠し通せるとも思っていない。従業員登用の件も話を終えてから、となった。
誰にも告げるつもりはなかった話だ。
それこそ仮に露呈しかねんとなれば、下宿を後にすることも躊躇うつもりはなかった位に。
今は、どうだろうか。逃げ場、というが、逃げ出すつもりは元より無かった気がする。
恐れが無い訳ではない。…でも、向き合わなければならない。
過去を無くし未来を望めない僕には、現在しかないのだ。
□星1月25日
芯が抜けてしまったかのようにふわふわと落ち着かない心地だ。
…備忘録がてら、少しずつ出来事を記していくとしよう。
なんだったか…確か下宿で、モモノとリタが美容の話をしていたような。
裸でオイルを塗るとフラッシュの輝きが倍になる、だとか、後頭部の髪の毛を全部燃やすだとか。
確か概ね被害の矛先はジャックに向いていた気がする。…まあ、スキンヘッドでもハイランダー男性ならばサマになるので良いのではなかろうか。
あとなんだ、コルネーユのカーバンクルを撫でながら躾の話をした記憶もあるな。
周囲はともかく、主人はペットを甘やかしてばかりもいられない。まあそもそもカーバンクルは愛玩用ではないのだが。
餌付けされてる奴がペット飼うのは不思議な光景だから見たい、だのと随分な言われようだった記憶があるが、僕は生き物を飼うつもりはない。明日消えるとも知れない今の僕の状態で、生物の命を預かることなど出来ないからだ。
いつまた先日の連続任務の時のように、魂魄が乖離していく羽目に陥るか解らない。そしてそうなったときに、また都合よく繋ぎ止めることが出来るのかなんて誰にも保証できる筈もない。
そう、いつ起きるとも解らないのだから保証が出来る筈はないのだ。
彼の申し出は純粋に有り難い。……うれしい、と、思ってしまう。
しかし、
…
(ページが一枚破り取られている)
…
心とはなんだろう。
魂の側のものか。
精神の側のものか。
肉体の側のものか。
それとも、それら全てのつながりの合間にあるものだろうか。
魂は命そのものだ。
命なきものと命あるものを区別する、それが魂だ。
精神は意思だ。
本能や理性を持つものと、そうではないものを区別する、それが精神だ。
肉体は器だ。
僕に大きく欠けたもの。遺伝子を乗せる船。
精神のない生き物は植物。
魂のない生き物は屍。
肉体のない生き物は、物質界のものではない。この世のものではないものだ。
彼は僕を生者だと言う。確かに、僕の魂は此処にある。
しかし僕は、半ばこの世のものではないのだ。
僕が心だと思っているものは、記憶に依るただの反射なのだろうか。