話を進めるにあたって、私の冒険には欠かせない、大切な仲間である彼の話をしておかなくてはならない。
突き抜けるような青と雲の高い秋晴れの日だった。
港街での仕事の後、その日の夕飯の食材を確保しようと桟橋へ向かった。ちらほらと釣りをする人々もおり、いつもの空いた場所を探して腰を下ろした。
隣ではアウラとヴィエラの釣り人が同じように海面に釣り糸を垂らしていた。
「今日も来てらっしゃるんですね。今日は釣れてますか?」
釣り道具を準備しながら二人へ声を掛ける。
「駄目ですね、昨日は大量だったのに、今日はエサを取られてばかりです。」
アウラの女性が残念そうに首を振った。
「…同じくです。」
ヴィエラの女性もこちらへぷらぷらと力なく手を振って答えた。
今日の夕飯は期待できそうにはないな、と思いながら竿を振る。
いつからだったかこの二人とは話をする仲になっていた。互いの名前も知らないが魚が多く釣れた時には、皆で分け合って持ち帰るのだ。
魚は掛かるものの食いぶちのなさそうな雑魚ばかりだ。
しばらくすると足元にぶち模様の猫がやってきた。「ミャオン」と甘い声を出して魚を譲って欲しそうな顔をしてこちらを見上げている。
「お前はいいな。そうやってご飯にありつけて」
そう言いながらも甘い声に負け雑魚を与えた。小さな魚をもらうとお礼もせずさっさと猫はどこかへ行ってしまった。予想していたことではあったがなんとも冷たいなと思いつつ再び釣り糸を垂らす。
寄せる小さな波の音の他には何も聞こえない時間が流れる。
時折、二人と取り留めもなくひと言ふた言交わしてはまた無言で釣り糸を巻き上げる。
そんな大物が釣れる気配もしない昼下がりに、それは突然起きた。
退屈さに耐えかねてうんと体を伸ばしあくびをする。涙で潤んだ目でふと横を見るとそれと目が合った。
大きな口を開けて真っ直ぐこちらを見据えている。まるで何かを訴えかけている様で何も見ていないような目。だらしない口元からは鋭利な歯が並んで見える。
体の左右には小さなヒレを携え、そのちんちくりんな胴体をにょきっと生えた小さな足が支えている。
……
…サメ……?自分の知り得る所では、水中を泳ぎ回り狩りをする獰猛な動物と心得ていたつもりであったのだが、目の前のそれは二足歩行にも見える。というか足が生えてしまっている。カエルになりかけたおたまじゃくしの様な足が生えてしまっているのだ。
引き攣った顔で隣にいるふたりの釣り人に目をやると、それはもうがっつりと目が合った。困惑と驚嘆が入り混じった表情で口をあんぐりと開けている。もはや顎が外れんばかりである。
二人の反応を受け取り、静かにまた顔を戻すといまだこちらをじっと見つめているサメと目が合った。
攻撃や威嚇をしてくる様子もなく、逃げるような素振りも見せずただじっとこちらを見上げている。
しばしの無音が流れた後、さらに理解しがたいことが起きた。
「…めぇやおん」…猫だ。猫である。
「えっ今、聞こえましたか?鳴きましたよね?」
再び二人の釣り人へ顔をやった。
ああ……知らんぷりである。
まるで何も見ていなかったかのように釣りを再開している。
腹を空かしているのだろうか。残った雑魚を一匹差し出すと大きな口で小さな魚を食べ始めた。
もう帰ろう。速やかに。道具をすぐさま片付けその場を後にする。しかし、しばらく歩いた所で気付いてしまったのだ。
ペチペチと湿らせた何かが床にあたる音が背中に迫ってくる。恐る恐る振り返るとぽてぽてよちよちと何かが歩いて来る。
そこからは全力疾走だったので何をどうしたのかどんな道のりで帰ったのか覚えていない。
はっと気付くと自宅にいた。冷たい汗が背中を伝って落ちていく。
そうだ、今日は仕事をして何もせずに真っ直ぐそのまま帰ってきたのだ。
そう思い直して深呼吸をするとドアの外からペチペチぺたんと音がした。
私は一切を諦め静かに扉を開けた。
「い、いらっしゃいませ…」
こうして彼との生活が始まったのだ。