§
殺到する“糸”の回転刃を、カリアスはわずかな動きで躱す。老年に達そうという男の動きではない。それでもエレフテリオスの巧妙な操作によって当たるところだったそれらは、あろうことかカリアスの素手に握りつぶされた。
「な……!」
いや。
子細に見れば、その手には高速で渦巻く風がまとわりついている。
「風拳道(エアロ・アーツ)……とでも言っておこうか」
こともなげに言う。エレフテリオスは戦慄する。さすがだ。魔大戦末期、アムダプールにその人ありと恐れられた魔人でありながら、突如として一線を退き、『純潔派』の立ち上げに参加した男。そして、エレフテリオスの師。
「その技……以前から使えたのですか」
「いや? 今思いついた」
気軽に言うが、それは今までの研鑽あればこそだ。積み上げた土台が強固だからこそアレンジが生きるのだ。向き合う敵の強大さを、エレフテリオスはまざまざと思い知る。
「ああ、それとな」
気軽な話題でも話すように、カリアスがエレフテリオスの足元を指さした。
「そこはトラップだ」
「!」
反射的に後ずさりしたエレフテリオスは、足元での魔法起動を感知した。
「しまっ……!」
ブラフだ。下がったその位置にこそ、罠があったのだ。もう間に合わない。紫暗の光が足元で輝き、あっという間に“穴”となった。
「うあッ!」
落下したエレフテリオスは、落ちたところが床であることを確認しながら、横へのがれた。寸前まで立っていた場所を、降りてきたカリアスの両手鎌が振るわれ、深い傷を残した。
そこは七天の間そっくりの場所だったが、対照的に薄暗かった。
「封鎖空間か……!」
エレフテリオスが唸る。ソフィアたちと分断された。――だが、考えようによっては、カリアスと言う危険な存在をここに留め置くことは彼女たちへの助けにもなる。
「この分断。どちらにとっての僥倖か」
カリアスが嘯き、長大な両手鎌を紙の棒でも振るうように軽々と振り回す。その頭上で、“穴”が塞がった。おそらくは、カリアスを倒すまではここから抜け出せまい。
彼の言葉と共に、壁にかけられた大きな鏡に、“外”の光景が映し出された。ソムヌスと女たちの戦いが映し出されている。
「動揺を誘うつもりか」
「動揺? 私は外の状況を確認したかっただけだが――そうか、動揺か」
揶揄するように笑う。むきになりかかったエレフテリオスは慌てて己の心に制動をかける。これも、手管の一つ。
構わず短く呪文を詠唱し、己の傍らに魔法陣を発生させる。
「来るんだ。――ゼノン!」
魔法陣の中から、細身の魔道石像が現れた。全身のあちこちに刃のような突起がついている。その手には長い銃身をもつ機関銃が握られている。
「ふむ。よい造形だ。可動性と装甲のバランスが特に秀逸だ。更に腕を上げたようだな。……どれ、試すとするか」
講師のように寸評したカリアスの眼前にも魔法陣が生まれ――その中から魔道石像が姿を現した。
ゼノンよりは大柄だが、ゼノンよりも装甲が少ない。その代わり、全身の可動域の創りこみが尋常ではなかった。胸の中央と、それから各関節の付け根にクリスタルが埋め込まれている。肘から先と膝から先だけは、堅牢な装甲に覆われていた。
これは。これによく似たコンセプトの機体をエレフテリオスは知っている。リリのブリトルマティスだ。あれと同じ、機動性と可動性を追求して格闘性能を高めたモノ。いや、ブリトルマティスの上位互換だ。
「起動。デュカリオン」
呼応するように、石像の双眸が緑に輝く。そして、次の刹那にはデュカリオンと呼ばれた魔道石像はエレフテリオス目掛け疾駆していた。――カリアスと共に。
「な……!」
慌ててエレフテリオスはゼノンと共に後退する。魔動石像と共に戦う場合、自身とは異なる役割を任せるのがセオリーだ。デュカリオンが格闘機体だったため、カリアスは魔法攻撃に専念するものだと思い込んでいた。
ゼノンが足止めに張った障壁結界を、カリアスが光臨武器“鎌”で容易く切り裂く。
「どうした。退くばかりでは、いずれ詰むぞ」
諫言しながら追いすがろうとするカリアスとデュカリオン。
だが。
「む」
その足が止まる。
エレフテリオスはただ後退していたのではない。後方に移動しながら、床の中にゼノンの魔法爆雷を創成させていたのだ。まさか一つも踏まずに感知されるとは思わなかったが、それでも準備は万端だった。
ゼノンが機関銃をカリアスらの周囲の床へと乱射する。爆雷が反応し、大爆発を起こした。
「あの速度で創成するか。これは気が抜けぬ」
爆煙の中から、称賛の声がエレフテリオスの耳へ届いた。煙が晴れる。カリアスとデュカリオンは防御の結界に包まれて傷一つない。
「……さすがです。だが」
悔しそうに告げながら、エレフテリオスは考える。敵は未だ無傷だ。だが、裏を返せばあの強度の防御結界は切り札の一つのはず。それを切らせた。そして、それを切らなければ危うかったということでもある。
揺れるな。冷静にいけ。
僕の技は、師に届く……!
決意を込めて、エレフテリオスは“糸”を解き放つ。黄金の輝きを放ったそれは、次の瞬間には不可視となる。
「今こそ、僕は貴方を超える!」
高らかに放たれた挑戦の言葉に、カリアスは仮面を外し片手を突き出した。掌を上にしたそのポーズから、指を曲げてみせる。
「来い」
短く言う。互いの魔力が横溢し、半ば物質化して床に亀裂を生じさせた。
閉鎖空間の中で。
師弟の死闘が幕を開けた。
10-9
「リゾルヴ!!」
切っ先を下向きにして魔杖を持ったヘカーテが高らかに宣言する。
魔杖を中心としてエーテルが渦巻く。盾役として、敵視を上昇させる基本的なスキルだ。
ほぼ間髪を入れずに放たれたソムヌスの攻撃魔法を、魔杖から放たれる結界が減衰させていく。他の盾役と呼ばれる職業に比べ、『魔法剣士』は魔法防御力が高い。基礎攻撃が魔法であるソムヌスとの相性は抜群だった。
「いける……!」
攻撃をきちんと防御できている。あくまでも白魔道士のまま魔法剣士を模倣しているだけなので、多くのスキルを『魔法』という形で代用している。そのため、魔力のリソース管理が最重要事項だった。
そのとき。
『アレーセイア・ホーリー』
ソムヌスが告げた。迅い。ほんの一瞬だけの詠唱で、それは完成していた。
「ッ!!」
ソムヌス自身を中心とした円形範囲。それが分かっていながら、蛮神を囲んだ三人――ラヤ・オ、ヘカーテ、ソフィアは躱せなかった。あまりにも詠唱速度が速い。
魔力の爆発で三人はダメージを受ける。同時に、その動きが止められる。スタンだ。
すかさずセレーネから範囲回復が飛ぶ。しかしそのときには、すでにソムヌスは次の魔法を詠唱していた。
巨人族の四倍はあろうかという巨大な蛮神のさらに上、この聖堂の天井ぎりぎりの位置に、無数の白い光が一斉に出現した。
『アレーセイア・グレア』
戦場全体に、破壊の光弾が雨あられと降り注いだ。
「……!」
一度の範囲回復では戻せない規模のダメージを全員が負った。リリから回復魔法が飛ぶ。同時にヘカーテも範囲回復を唱えている。それから、継続回復を自身にかけ、障壁と防御力上昇の魔法も追加した。治療の技も、魔法剣士にとっては重要な敵対心の稼ぎ方だった。
この間、ソフィアの光臨武器“短機関銃”と、ラヤ・オの“スター・クラスタ”が効率的に蛮神へダメージを与えていた。通常の攻撃魔法は詠唱しなければならないが、この二つはグレアと同等の光弾を移動しながらでも撃てた。
蛮神の攻撃はヘカーテに向いている。ソフィアとラヤ・オの攻撃がじわりじわりと蛮神を削る。
だが。
『ディバイン・ロア』
盾役であるヘカーテの足元から、強烈な光が吹き上がった。柱状の光はヘカーテを完全に包み込み、天井へと上昇した。凄まじい光量とエーテル密度。
「うぐ……!」
ふらつくヘカーテ。だが、健在だ。自分で自分に回復魔法を唱える。
自身に当たる直前で、対魔法攻撃の障壁、アブソリュート・シェルを唱えたのだ。何千枚と重ねた障壁で、魔法攻撃のダメージを防ぐ魔法。非常に強力だが、一度唱えれば次に使用可能になるのは数時間後という、この戦いにおいては実質一度きりの魔法だった。
さらに言えば、奥義クラスのこの白魔法を修得しているのは、五人のなかでも自分とラヤ・オだけだった。
「ヘカーテ!」
名を呼ぶラヤ・オに片手を上げて応える。ほとんどダメージを殺せたが、この攻撃が一度きりだとは思えない。そして、もしこれを防御技も何もなしで直撃すればあっさりとヘカーテは死ぬだろう。それほどの攻撃だ。
「次よろしく!」
「わかった!」
ラヤ・オが緊張の面持ちで頷く。
だが。
そのラヤ・オの頭上に、青い光が灯った。渦巻のような文様だ。照準されている、と悟ったラヤ・オはしかし一瞬だけ逡巡した。もしもこれがいわゆる“頭割り”――複数人で攻撃を受けることでダメージを分散できるものだったら。その一方で、これが何人で受けようが同等のダメージを周囲にまき散らすものだった場合は、誰も巻き込まない位置で一人受けたほうがよくなる。
「――離れて!」
反射的に近寄ろうとしたリリを制して駆け出す。ラヤ・オが戦場の端へ辿り着く前に、ソムヌスの額の切れ込みが開いた。そこに、もう一つの目がある。その目が白く輝いた。
『粛清の一矢』
宣言した途端、第三の目から眩い光条がラヤ・オめがけて奔った。
「うあっ!」
光に撃たれ、ラヤ・オが倒れ伏す。駆け寄ったリリが回復魔法を唱える。
「大丈夫ですか!?」
「う……」
倒れたラヤ・オは起き上がろうとするが、その動きは非常にゆっくりとしたものだ。
「たぶん……一人で受けたほうがいい……あと……これ、被ダメアップと……この……強烈な眠気……」
眠気と言うが、おそらくは強烈な精神侵略の結果だ。
「消せないです……!」
エスナを唱えたリリが首を振る。
「く……そっ」
ふらふらと立ち上がるラヤ・オ。そのとき、蛮神が新たな魔法を唱えた。
『アレーセイア・トルネド』
ごうっ、と風が渦巻いた。強力な竜巻が発生しようとしている。安全地帯は――蛮神の足元。
ヘカーテ、ソフィア、セレーネはぎりぎり駆け込めた。
だが、リリとラヤ・オは間に合わない。『救出』を使う猶予さえなかった。
竜巻は、自身の足元以外の戦場全体を巻き込んだ。風の刃が、容赦なくリリとラヤ・オを斬り付けていく。
「……ッ!」
事前に障壁を張った二人――ラヤ・オは本当にギリギリだった――は、攻撃を受けながら吹き飛ばされた。攻撃に特定の物理攻撃耐性を低下させる呪いが付与されていた。『斬属性』低下だ。
次の瞬間だった。
ソムヌスがヘカーテに背を向ける。
蛮神の背に畳まれていた翼のうち、左側の翼だけが開いた。その翼が魔力を帯びて輝く。左側。つまりリリとラヤ・オがいる側だ。
『根絶刃』
宣した直後、ソムヌスは急激な旋回をした。翼を刃に見立てた範囲斬撃。範囲空間内のすべての者は、刃で斬られるような衝撃を受けた。
「あっ!」
「うあ!」
範囲内で攻撃を受けたリリとラヤ・オが、悲鳴を上げて倒れた。斬属性への耐性が低下していた二人が一瞬で戦闘不能になる、恐るべき威力だった。
「リリ!」
セレーネとソフィアが蘇生魔法を唱える。彼女たちとヘカーテが無事だったのは、そこが攻撃範囲ではなかったからだろう。先の攻撃では、一回転中の最後あたりで翼は輝いていなかった。おそらくは、回転完了よりも前に攻撃自体は効果を終了させている。
アレーセイア・トルネドを回避するためにソムヌスの足元に逃げ、左の翼が開いたので嫌な予感がして右側へと移動したのが、結果的によかったのだろう。
蘇生魔法を受けた二人が立ち上がる。彼女たちの減った体力を回復させるため、セレーネとソフィアは揃って回復魔法を唱えようとする。だが。
「動いて! 散開が先です!」
リリが叫ぶ。それとほぼ同時に。
『アレーセイア・ホーリー』
超速詠唱で放たれる円範囲攻撃。ヘカーテはかろうじて範囲外へ逃れ、リリとラヤ・オはそもそも範囲外だ。
しかしセレーネとソフィアは躱せない。
「ぎゃ!」
「ああっ!」
攻撃を受けた叫びを最後に、その動きが止まる。スタンだ。そして――
『アレーセイア・スリプガ』
蛮神の、閉じられていた瞳が開く。すでに開いている第三の目と共に、三つの目から赤い光が放射される。
それが、背後にいる自分にもはっきりと見えることにリリは気付いた。背後なのに、ソムヌスの真正面の顔が二重写しの幻像で見える。
「ソムヌスを見ないで!」
リリが警告の叫びを発する。すでに背を向けていたヘカーテはともかく、スタンしている二人は背を向けられない。
「あとよろしく!」
ラヤ・オが言い捨て、サンクティファイド・エアロの威力を弱めて撃った。セレーネが吹き飛んでうつ伏せに倒れた。もう一人。ソフィアを『救出』で引き寄せ、そのまま自分の胸で彼女の顔を塞ぐようにした。
だがそれまでだ。この攻撃はソムヌスを見ていなくても、『背中を向ける』以外では効果を発揮するらしい。後ろを向こうとしたラヤ・オの視界いっぱいにソムヌスの赤い目の幻像が広がり、彼女はその場に崩れ落ちた。
「ラヤ・オ様!」
リリが慌てて抱き起す。ダメージはない。ソフィアがエスナを唱える。それも効果がない。死んだように、ラヤ・オは眠っている。
「テンパードになった……!?」
青い顔でソフィアが問う。
「そうは見えません。――とにかく、ここはお任せを。攻撃に集中してください」
「……わかった」
敢えて厳しく告げるリリに頷くと、ソフィアはソムヌスへの攻撃に戻る。セレーネはそのままヘカーテに近い位置で回復を担当し、彼女を支えている。
『アレーセイア・ホーリー』
三回目の超速呪文。さすがにこれは反応し、全員が範囲外に逃れた。
『アレーセイア・グレア』
立て続けに呪文が詠唱される。全面範囲攻撃。障壁を唱え、着弾と同時に範囲回復を行使する。
「く……!」
凌いでいる。なんとか凌いげている。敵の技は出揃ったように見える。未知の技に警戒し、このまま削っていければ……!
リリがそう願ったときだった。
『ディバイン・ロア』
ヘカーテの足元から光が放たれる。盾役を狙った強力な一撃。前回はヘカーテ自身のアブソリュート・シェルで凌いだ。だが、それはもう使えない。そしてもう一人の使い手は――
「う……」
身じろぎと共にやっと目を醒ますところだ。間に合わない。
さらに。
これとほぼ同時に、青い渦巻のような文様が、ソフィアとセレーネに同時に付いた。
「これ……!」
「うええ!?」
慌てて二人が別々の方向に走る。
「……!」
リリは、歯を食いしばって決断する。ディバイン・ロアが放たれるまでの間に、可能な限りの障壁と軽減をヘカーテへ注ぎ込んだ。おそらくヘカーテも、自分にできる最大の対処をしているはずだ。信じるしかない。
直後に、ヘカーテへのディバイン・ロア、ソフィアとセレーネへの『粛清の一矢』が発動する。三つの光が生まれた。ソフィアとセレーネは倒れたが生きてはいる。自分たちで自身へ障壁を張り対処したのだ。しかし当然ながらデバフは受ける。先にラヤ・オが受けたときと同じく、精神侵略による強烈な眠気が二人を襲っているだろう。
そして、ヘカーテは――
「ベネディクション!!」
リリの回復魔法が飛んだ。同時にヘカーテも、瞬間的に物理・魔法防御を大幅に上昇させる魔法、フォートレスを自身に付与した。直後のソムヌスの攻撃を防ぐ。
「これもう三度目無理! いろいろ使っちゃったから!」
ヘカーテがリリに叫ぶ。
「眠り姫は起きた!?」
その声が聴こえたのか、ラヤ・オが慌てて飛び起きた。
「ごめん!」
「遅いわこのねぼすけ姫!」
ヘカーテが笑って罵倒する。
「あたしが寝てる間に倒しときなさいよ!」
ラヤ・オが言い返しながら大きな六つの白光、“スター・クラスタ”を再出現させ、ソムヌスへと攻撃を開始した。
ソフィアとセレーネへ回復魔法を飛ばしながら、リリは少しだけ笑った。
まだだ。まだ、戦える。諦めたり折れたりしていない。
サイラスからの連絡はまだかと、焦る気持ちはある。けれど、それを心待ちにしてしまっては、焦りで頭の中がぐしゃぐしゃになってしまいそうだ。だからそれは、今は考えないことにする。
今はただ。
この蛮神を倒すことだけを考えよう。
『アレーセイア・トルネド』
「足元へ!」
ソムヌスの詠唱に応じて、仲間たちへ指示を出す。それからリリは駆け出した。
§
エレフテリオスの光臨武器“糸”は、高密度に圧縮した魔力で創成される極細の武器だ。それは彼の意志によって捕縛することも斬糸に変わることも自在であり、加えて魔法を通すことで透明化、無音化なども可能だ。
すなわち。
斬撃力を強化した糸に、透明化・無音化を施したうえでカリアスの首を狙う、という行為も可能で、実際にエレフテリオスはたった今それを行った。
だが。
カリアスは躱した。明らかに糸の来る方向を見ながら、後方へと引いて見せたのだ。
「……!?」
驚愕したエレフテリオスは、そのままもう一度目を見張った。
カリアスの両の瞳が、黄金色に輝いている。アステラの『聖隷眼』によく似ているが、内包しているエーテルの総量が桁違いだった。
「生命あるもの、そして意志あるもののすべてはエーテルをもつ」
カリアスが言った。声の調子とスピードが、教師としてのそれだった。
「魔法もそうだ。人の魔力を束ねて生み出される光臨武器も、その例外ではない」
カリアスの言葉を聴きながら、エレフテリオスはカリアスを囲む糸の結界を構築する。一歩でも踏み出せば、地に伏せた糸が跳ね上がり、連動して他の糸も一斉にカリアスへと襲い掛かる。
しかし。
「我が『聖天眼』は、そのエーテルを視、そして『理解』する。すなわち」
カリアスが、鋭く魔力を放出しながら腕を一閃させた。アサイズ。放たれた魔力は糸を吹き飛ばした。
「お前の糸は、どのような小細工を弄しようとも、それがエーテルを用いてのことであれば――すべて我が『聖天眼』にて視えているのだよ」
カリアスの手が、アサイズで千切れて消えゆく途中の糸を掴んだ。本当に認識できている。
「『聖天眼』……!? そんなものをいつ……?」
エレフテリオスはアイ・ハヌム学園時代からカリアスの弟子であり、国家公認白魔道士となってからも、『四善』となってからも共に歩んできた。その中で、カリアスは今まで一度も『聖天眼』なる能力を使用してこなかったのだ。
「ふ……さもあらん。戦場にて覚醒して以来、猊下以外には誰にも伝えておらぬ」
唇が笑みの形を作るが、その目は全く笑っていなかった。
「……」
焦燥がエレフテリオスの背中を怖気となって走る。
これで、糸が不可視になることを利用した戦術が封じられた。ゼノンが創成できる魔法爆雷も同様だろう。考えていた策を根本から見直さねばならない。
切り札はある。
だが、それを決め切るには、好機を作らねばならない。
どうする――
「ではいくか。戦う手段を半ば封じられたお前がどう戦うのか、見物だな」
カリアスが淡々と告げる。長考している暇はなかった。
「――ならば!」
自分とゼノンの戦い方は中・遠距離を保つそれだ。接近させるわけにはいかない。
そして。
罠として使えないなら、数として圧倒すればいい!
エレフテリオスの操る無数の“糸”が、怒涛の波状攻撃をカリアスへと仕掛けた。上下左右、全方位からタイミングをずらした斬糸が疾走する。
だが。
「サンクティファイド・イレース」
朗々と詠唱された魔法が発動する。カリアスを中心に発生した光の結界が、カリアス自身とデュカリオンを包みこんだ。
そして、その結界に触れた“糸”は、そのことごとくが消滅していった。
「ッ……!!」
“糸”はすべてエーテルで創成されたもの。ならば、エーテル変容を無効化し、どの属性にも偏らない――つまり、何の変化もしていない状態――へと戻してしまう、サンクティファイド・イレースの前では、すべて無効化される。焼けた鉄に落ちる水滴のごとく、一瞬で消し飛ばされていた。
歯噛みするエレフテリオス目掛けて、デュカリオンが駆け出した。
ゼノンがエレフテリオスの前に出て、デュカリオンへと機銃を浴びせ掛ける。それを両腕でガードしながら、デュカリオンは背のクリスタルからエーテルを噴射してさらに加速する。
「攻性結界展開!」
エレフテリオスの指示を受け、ゼノンが自身とエレフテリオスを包む魔法結界を構築する。雷属性と火属性を帯びたそれに触れれば、電撃と爆破のダメージを同時に受けることになる。
結界の前でデュカリオンは急停止した。しかし次の瞬間、超高速で回転を始めた肘から先の右腕が射出されるとは、さしものエレフテリオスも予想できなかった。
「なんだと!?」
結界と、右腕がまとった風属性のエーテルが互いに干渉して激しく輝く。雷撃と爆発、そしてそれさえも巻き込んで回転する右腕が――結界を貫いてゼノンへ激突した。咄嗟に躱しきれず、左肩をごっそりと削られながらゼノンが吹き飛ぶ。結界を抜けたデュカリオンが、飛来した右腕を装着しながらゼノンへと突撃していく。
「ゼノン!」
「余裕か?」
視線を逸らしたその僅かな隙に、カリアスが眼前に迫っていた。
咄嗟に、“糸”で自分を後方へ引いた。一瞬前まで自分が立っていたところを、鎌の斬撃が通り抜ける。そのままさらに後退し間合いを取ろうとするエレフテリオスにカリアスが言い放つ。
「甘い!」
離れたまま、カリアスが両手鎌を振るう。振るわれた刃先から、エーテルの刃が発生して放たれた。刃は凄まじい速度でエレフテリオスを襲う。
「く……!」
糸を収束させて盾にする。二つの光臨武器は激しいエーテルの光を放ち相殺される。だが、カリアスの攻撃は終わっていない。
「ぬぅん!」
鎌を床へと振り下ろす。ほとんど同時に、足元にエーテルが集中するのをエレフテリオスは感じた。
飛びのくよりわずかに早く、エーテルの大鎌が三本ほど床から現れた。避け切ることができずに、エレフテリオスはダメージを負う。
「……サンクティファイド・グレア!!」
痛みに耐えながら詠唱を完了させる。叫びと共に『四善』の一角に相応しい大量の光弾が発生し、一斉にカリアス目掛け殺到する。
「アブソリュート・リフレク」
対するは、静かな詠唱。カリアス自身よりも大きい長方形の『鏡』が複数枚出現し、殺到する光弾のことごとくを撃ち返した。
「……!」
それらを躱し、あるいは糸で防御しながらエレフテリオスは距離を取る。
このままでは、切り札を使う隙も見出せない。
考えろ。それだけが取り柄じゃないか。
才能でリリに劣り、技量でセレーネに劣る。熱情でゼクシウスに、執念や努力ではアステラに劣る。
それでもここまで来られたのは、考えることをやめなかったからだ。
考えろ。諦めるな、エレフテリオス。
自身を叱咤して、エレフテリオスは次なる詠唱を開始する。
『Sweetest Coma Again』10(4)へ続く