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ハドソン ソフトと蒸気機関車C-62

公開
ハドソン ソフトと蒸気機関車

皆さん FF14の吉田Pも以前在籍していたハドソン ソフトという
北海道にかつてあったゲーム会社を覚えていますか?

この会社 社名の由来をご存じでしょうか?
何だと思います? アメリカの川の名? シャーロックホームズの住んでいた
下宿屋のおばちゃんの名? いえいえ 違います。

答えは
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蒸気機関車C-62の軸配置のアメリカ式名称からとったんですwww

いや こんなん マニアック過ぎて誰もわからないでしょう。



ちょっと解説しますね

創業者の工藤裕司は物凄い鉄道マニアで 特に蒸気機関車、中でもC62が大好きだったらしい。
日本大学理工学部在学中から行っていた、自ら撮影した蒸気機関車の写真を販売する
サイドビジネスまでやっていた。このサイドビジネスの名前が「グループハドソンプロダクション」
だった。すでにハドソンの文字が入っている。しかし、これは金を持ち逃げされるなどトラブルで
失意の内に北海道へ帰郷。

札幌にて兄弟で創業
1973年5月18日、札幌市豊平区に通信機器と美術写真の販売を目的とした、
有限会社ハドソンとして創業。同年9月にアマチュア無線ショップCQハドソンを開店。
当時北海学園大学法学部2年生だった実弟の工藤浩を中退させ、経営サイドに引き込んだ。
工藤が最も気に入っていた蒸気機関車「C-62」の車軸配置「車輪配置 4-6-4」の米国式名称、
"ハドソン"がそのまま社名になった。
ちょっと補足しますね。

蒸気機関車の車軸配置とは・・・
蒸気機関車の車輪には動力が繋がる大きな動輪と 動力が伝わっていない小さな補助輪があります。
C-62は前補助輪が2軸4輪 動輪が3軸6輪 後ろ補助輪が2軸4輪の4-6-4(国鉄の表記法では2C2)で
この様な構成をアメリカでは通称「ハドソン型」と呼称していました。
かなり マニアックですね。私も知りませんでした。
ちなみに日本の国鉄では軸数と動輪はアルファベットで表記していました。
動輪が3つならC 4つならDです。
これは蒸気機関車の形式名にも入ってますね。例えばD51は動輪がD=4軸8輪になります。
ほとんど居ないでしょうけど、蒸気機関車の軸配置についてもっと詳しく知りたい方は
文末にwikiのurlを張っておきますw。

工藤氏のC-62好きは、これだけではありません、
会社の氏の机の上には何時も組み立て途中のC-62の模型があったとか、
 

札幌芸術の森に隣接したアートビレッジにあったハドソン中央研究所(コア・テクノロジー事業部)の
屋上にはライブスチーム(実際に蒸気で動く模型)の線路が敷設され、専属のメカニックが配置
されていたほか、研究所の大会議室ではテーブル中央に鉄道模型のジオラマが置かれC62の模型が
走っていた。その模様はNHKスペシャル『新・電子立国』でも取り上げられたそうですw。
さらに電話番号や開発したチップにもC62に関連する数字や文字列をいれていたらしい。



補足資料

吉田直樹(1973年5月1日)北海道札幌市生まれ、函館市育ち

略歴
札幌市生まれだが、小学校1年の時に函館市に移り、高校時代まで育つ。
函館稜北高校から、札幌のハドソン系列の専門学校を経て、1993年ハドソン入社。
PCエンジン向けタイトルの開発をはじめに、『天外魔境』シリーズや『ボンバーマン』シリーズの
ゲームデザインを手がける 。
と wikiにはかいてあるが、次の項目を読むと ボンバーマンには関わってないかもしれない?
また天外魔境に関しても関わっていたのは発売中止になったIII NAMIDAである。

吉田さんが ハドソンを辞めた理由
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 「ダンジョンエクスプローラー」も秘話がありますよ。もう時効だと思いますが、
僕がハドソンに入社して辞めるまでの間に、「ダンジョンエクスプローラー」の新作を
作っていました。PS2向けのマルチプレイオンラインゲームを作ろうとしていて、
当時会社でかなり良いメンバーを社内で集めて、開発機をもらって、プリプロダクショ
ンを立ち上げて、3カ月ぐらい作りました。それを僕は「ダンジョンエクスプロー
ラー」の復活にしたいと言っていたんです。

 「ダンジョンエクスプローラー」自体は外で作っていただいたタイトルだったので、
版権周りを確認して上で復活させたいと。1つのハードでローカルマルチじゃなくて、
オンラインで4人でやりたいと。僕は「Diablo」が大好きだったので、「Diablo」
みたいなハクスラベースのゲームになっていて、3カ月ぐらいでプロトタイプを作って
凄いスピードで開発していたんですけど、とある日、
上司に「中止だ。『ボンバーマン』作れ」と言われて、それでカチンと来て辞めたん
ですけど(笑)。「ダンジョンエクスプローラー」は良いですよね。
盛り上がりますよ。

―PCエンジンの名作が吉田さんのハドソン退社に関わってるとは知りませんでしたね
(笑)。いちPCエンジンファンの吉田さんとして収録して欲しいタイトルを1つ
挙げるとすれば何ですか?

吉田氏: 「天外魔境」は外せないでしょう。ただ、スペックがわからないので、
容量が入りきるのとか、版権周りがどうなっているのかわからないですけど、
できれば入れて欲しいですよね。というのも「天外魔境」は、今、当時の環境で
ちゃんと遊べるハードがないからです。超名作だと思うので、せめて「天外魔境II
卍MARU」まではちゃんと収録して欲しいですよね。

 ちなみに僕は幻の「天外魔境III NAMIDA」*の開発に関わってました。
「天外魔境III NAMIDA」は結局発売中止になって幻になりましたが、実は7割ぐらい
完成していたんですよ。僕はハドソンの最初の仕事がそれでした。
村人のメッセージを全部僕が書いて、広井さん(広井王子氏、「天外魔境」
シリーズクリエイター)にチェックしていただいていました。
それからゲーム内のイベント、ミニ劇も僕が統括していました。もったいなかった
ですよ。超良くできていたのに。という感じで、この話、3時間ぐらい
喋れちゃいますので、また別の機会にしましょう(笑)

出典
https://game.watch.impress.co.jp/docs/interview/1189186.html

*2005年4月14日 PlayStation 2で発売された天外魔境III NAMIDAとは別物。
PCEやPC-FXでの『天外魔境III』の発売予定が開発中止となった後、
10年近く後に再び企画が立ち上がって発売された。
ただし1990年代中盤当初の企画でのストーリー・キャラクター設定は
使われることなくお蔵入りとなり、タイトル名以外は新たに別の内容で作られた。




ハドソンの退社後、元ハドソン社員竹部隆司が1999年に設立したロケットスタジオへ入社。
エニックス(後のスクウェア・エニックス)と共同で『アンブロシア オデッセイ』の開発を手掛ける。
 アンブロシア オデッセイ
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PS2向けオンライン・アクションRPG
ロケットスタジオが旧エニックスに持ち込んだ企画
スクウェアとの合併により、FF11の様にPlayOnline(プレイオンライン)
での運用が計画されていた。
3Dグラフィックのファンタジー世界を冒険
Diabloライクなシステムを採用(自動生成ダンジョン)
MORPGだが、オフラインでもプレイ可能
プレイヤーは城塞都市に流れ着いた冒険者
オフラインではクエストによってシナリオが分岐、自分だけの街や歴史に
オンラインでは他のプレイヤーの街を訪れることが可能で、
自分が選択しなかった物語や歴史を追体験
2004年春にβサービス開始予定だったが延期、その後発売中止に
開発:スクエニ第10開発事業部(代表:齊藤陽介)
企画・開発:ロケットスタジオ
グラフィック:界グラフィックス
サウンド:SuperSweep
プロデューサー:五井智久(スクエニ)
ディレクター:吉田直樹?(不確定)

https://www.unseen64.net/2010/01/23/ambrosia-odyssey-ps2-cancelled/
https://www.youtube.com/watch?v=c6Crhv_NIGA




2004年末頃に『ドラゴンクエスト オンライン』(後の『ドラゴンクエストX』)を作るという
齊藤陽介の招聘で翌2005年1月にスクウェア・エニックスに入社。
その間、ディレクターとして『ドラゴンクエスト モンスターバトルロード』シリーズを制作。

『ドラゴンクエストX』ではチーフプランナーを務め(主にライブ周りやハウジングを担当)、
2007年末から2009年半ば頃までは一時離脱していたディレクターの藤澤仁の代理も務めた。
その藤澤が復帰し業務が安定したところで、社命で新規プロジェクトを立ち上げることになり、
『ドラクエX』のプロジェクトから離れることとなった。

2010年12月10日、『ファイナルファンタジーXIV』の品質を向上させるため、
田中弘道および河本信昭の両名に代わり、同ソフトのプロデューサー兼ディレクターに就任した。




ハドソンソフト
その消滅まで
https://www.youtube.com/watch?v=8UqSTl94MrE

ハドソンソフトの沿革

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1973年]5月18日、工藤裕司とその弟工藤浩により札幌市豊平区に通信機器と美術写真の販売を目的とした「有限会社ハドソン」として創業[7]。同年9月にはアマチュア無線ショップCQハドソンを開店。

1970年代後半にパソコンのソフトウェアの制作で頭角を現し、1978年には日本で初めてパソコン用の
ゲームソフトウェアを販売。
1980年代初頭には高い技術力でパソコンソフトメーカーの大手となる。
主にシャープのパソコン用にリリースされたBASICインタープリタHu-BASICや、
X68000のOSであるHuman68kやそのグラフィカルのシェルであるビジュアルシェル等を開発。

任天堂がファミリーコンピュータを発表した際、まだブームになっていない時点から接近を図り、
任天堂初のサードパーティとなった。以降家庭用ゲーム機向けソフト開発がメインとなる。
自由な社風の元、独自の企画を行っていた。特に「ハドソン全国キャラバン」や「高橋名人」は
人気児童誌で積極的にタイアップされたことから、当時の子供世代にとっては抜群の知名度を誇る。

一方で自社でのハード開発にも乗り出しており、日本電気ホームエレクトロニクス株式会社
(現:日本電気株式会社)と組み、1987年にはハドソンが独自に設計開発したCPU、サウンドチップ、
画像処理チップなどC62システムと呼ばれるHuC62シリーズを搭載した家庭用ゲーム機『PCエンジン』
を発表、ソフトメーカーながら高い技術力の片鱗を見せた。
ここにも蒸気機関車C-62の名が使われているw
1992年には将来を担う最新テクノロジーの研究開発部門として、芸術の森アートビレッジ内に
「ハドソン中央研究所」を設立。
1993年に吉田Pが入社(20歳)しているので、もしかしたらC62の模型や、
実際に蒸気機関で動く模型も見ているかもしれない。

1994年12月に発売した後継機種である次世代ゲーム機
『PC-FX』の音源や動画処理などのチップセットもPCエンジンと同様にHuC62シリーズが
採用された。

1997年にはトレーディングカードの企画・開発・販売事業に乗り出し、
同年4月にパイロットショップ「フューチャービー」を開店する。

1997年11月にメインバンクの北海道拓殖銀行が破綻して以降は資金繰りが難航して経営が悪化。
2001年にコナミ(現:コナミグループ)が筆頭株主になり、2005年には子会社化。
2011年にコナミの完全子会社になり、翌2012年にはコナミのKDEに経営資源を集中し、
より一層の連携強化を図るという方針に伴い、KDEに吸収合併され、法人としてのハドソンは解散。
その後はブランド名としてハドソンの名が残されていたが、2013年年末に同ブランドが名実共に
消滅する事となり、2014年1月よりコナミブランドに統一されている。


ハドソンに関してその他

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ソフトバンクとの独占契約
1981年には孫正義率いるパソコンソフトの流通会社である日本ソフトバンクと独占契約を結び、
上新電機を始めとする全国の主なパソコン販売店の店頭でソフトウェアが販売される体制を
確立した。
なおソフトバンクの歴史でハドソンの存在は必要不可欠と言われており、現在も孫は工藤兄弟を
「恩人」と呼び、事ある毎に礼を欠かしていないらしい。

他会社と決定的に違ったのは、社内に自由な空気があり、積極的に独自の企画を生み出したこと。
全国各地を巡業するゲーム大会「ハドソン全国キャラバン」や、16連打でスイカを割る「高橋名人」
は小学館の『コロコロコミック』を筆頭に児童誌でも大々的に取り上げられ、高橋を題材にした
『高橋名人の冒険島』の他にも『忍者ハットリくん』や『ドラえもん』『ロードランナー』
『桃太郎伝説』などが100万本以上のミリオンセラーを記録するなど、ファミコン人気を
決定的なものにした。
PCエンジンには『原人シリーズ』や『桃太郎シリーズ』『天外魔境シリーズ』
『ボンバーマンシリーズ』等の代表的な作品・シリーズだけでなく『R-TYPE』『イースI・II』
など極めて完成度の高い移植も手掛けている。初めての分野や技術にも積極的に挑戦し、
1988年12月には世界で初めてCD-ROMを媒体としたゲームソフトを開発・発売した他、
2000年8月にはコンシューマーゲーム初のMORPG『ルーンジェイド』を発売した。
その他にも『スーパー桃太郎電鉄III』や『桃太郎電鉄7』[19]がミリオンを達成したり、
1998年の時点でボンバーマンシリーズが累計販売本数1000万本を突破するなど、
様々なプラットフォームでゲームソフトを供給するソフトメーカーの雄として存在を示した。
2005年にコナミの子会社となった以後も吸収されるまでゲームソフトの供給を続けており、
2008年発売のWii用ゲームソフト『DECA SPORTA Wiiでスポーツ"10"種目!』は全世界累計
約277万本を販売し、以後シリーズ化された。


家庭用ゲーム機「PCエンジン」の開発
ハドソンは本来、技術者の集団ということもあり、任天堂のサードパーティーとして、
ファミコンブームの立役者としての立場に甘んじる事無く、独自のハード作りにも乗り出した。
PCエンジン
1987年に日本電気ホームエレクトロニクス(NEC HE)と共同開発した家庭用ゲーム機PCエンジンは、
ハドソンが独自に設計開発したCPU、サウンドチップ、画像処理チップなどC62システムと
呼ばれるHuC62シリーズを搭載しており、実質ハドソンが開発したゲーム機である。

PCエンジンは、当時のライバル機である任天堂のスーパーファミコン(全世界累計4,910万台)や
セガのメガドライブ(全世界累計3,075万台)と、日本を含め世界市場で覇権争いを展開した。
全世界累計の販売台数は1000万台を記録しており、ライバル機の売上には及ばないものの、
競合をはるかに凌駕する「美麗なグラフィック」「高音質な楽曲・音声セリフ」
「CD-ROMドライブによる大容量ゲーム」などを実現するなど、PlayStationやセガサターン/
ハイサターン/Vサターンなどの次世代機の可能性を感じさせる一時代を築いた名機として、
それなりの成功を収めた。

1994年12月に発売された、後継機種である次世代ゲーム機『PC-FX』の音源や動画処理などの
チップセットも、PCエンジンと同様にHuC62シリーズが採用された。しかし当時、次々と発表された
競合ハードであるPlayStation、セガサターン/ハイサターン/Vサターン、NINTENDO64の3D性能に
対抗すべく急遽PC-FXに搭載する予定だった3Dポリゴン用チップの開発が間に合わず、
結果としてPCエンジンの延長線上である従来型の2Dゲーム路線のソフト開発がメインになって
しまうなど、急速に発展する3Dゲーム市場からは後塵を拝してしまう。

本機を最後に、ハドソンはハード開発から撤退する事になったものの、
長年NEC HE系列のファーストパーティー的な存在であり続けた。

ゲーム関連分野や、それ以外の分野への進出
1991年にコンピュータプログラマー、デザイナーの養成を目的に「ハドソンコンピュータデザイナーズ
スクール株式会社」を設立し同スクールを開校、コンピュータゲームに関わる人材を養成していたが、1997年に同社を「株式会社フューチャービー(後に株式会社未来蜂歌留多商会に商号変更)」とし、
トレーディングカードの企画・開発・販売事業に乗り出した。同年4月には東京都千代田区にある
サンポウ水道橋ビルの2階にトレーディングカードを扱うパイロットショップ「フューチャービー」を
開店し、後に全国に展開された。

コナミの子会社化 ~ ハドソンブランドの終焉
1990年代末、メインバンクだった北海道拓殖銀行の破綻により資金繰りが悪化。
2000年3月よりiモード用のゲームコンテンツ配信を開始するなど、携帯電話向けの事業に乗り出すが、
経営状態は好転せず、2000年代に入ってコナミの資本が入るようになり、2004年には創業者が
経営から完全に手を引き、2005年にはコナミの子会社となる。
同時に特徴的であった「自由な社風」も社内から無くなった。

2007年に本社を東京ミッドタウンに移すがヒット作がほとんどなく、2008年には社長を退任した
遠藤やマリオパーティシリーズのスタッフがエヌディーキューブに移籍。
コナミの完全子会社になった2011年は、開発ラインナップに家庭用ゲーム機向けタイトルが
無くなったことで高橋名人が退社。

さらに、『桃太郎シリーズ』のゲーム監督さくまあきらも、長年付き合いのあった桃太郎電鉄の
開発チーム「Team Kawada」に在籍するハドソン社員の多くが退社したり、ハドソンを吸収合併
したKDE-Jに在籍する社員との間に発生したトラブルにより、コナミとの確執を経て決別。
事実上、桃太郎シリーズ打ち切りと同シリーズの著作権をコナミと他社に譲渡せず、
一旦「永久に封印する」という事態が起きた。

そして翌2012年3月1日に、KDEに吸収合併する形で法人としてのハドソンが消滅した。
なお、法人消滅後も当初は体裁上ハドソンブランドのサービスは継続されていたが、
バーチャルコンソールでのラインナップの追加以外には目立った動きはあまりなく、
2013年末をもってハドソンブランドが消滅。これらのアーカイブも全てコナミブランドに統一され、
翌年の2014年元日付けでハドソンブランドの公式ホームページも閉鎖され、
名実共に40年7か月の歴史に幕を下ろした。








出典

車軸配置
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8A%E8%BB%B8%E9%85%8D%E7%BD%AE


ハドソンソフト
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%89%E3%82%BD%E3%83%B3

創業者の工藤裕司氏は鉄道マニアだった
https://www.weblio.jp/wkpja/content/%E3%83%8F%E3%83%89%E3%82%BD%E3%83%B3_%E7%A4%BE%E9%95%B7%E3%81%AE%E8%B6%A3%E5%91%B3%E3%81%A8%E4%BC%81%E6%A5%AD%E9%A2%A8%E5%9C%9F


吉田直樹
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E7%9B%B4%E6%A8%B9_(%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%BF%E3%83%BC)
コメント(25)

Kuroneko Lily

Yojimbo [Meteor]

吉田さん凄いです(`・ω・´)(`・ω・´)

Eindebelle White

Tiamat [Gaia]

買わなきゃハドソン

----

----

対象のキャラクターは削除されました。

成功するには
能力だけではなく

人脈、実績、タイミング、運
それらの要素も必要なのかもしれない。


Luminous Warlock

Chocobo [Mana]

コナミに食われたのが運の尽きなのよねぇ…

現コナミのトップって893だからね…( ´Д`)=3

Tau Micrya

Ridill [Gaia]

私がパソコンを覚え始めたのはMZ-80でした

ハドソン、名前もトレードマークも知ってるけど、作っている物はあんまり知らないんですよね。

ボンバーマンにはあんまり興味がわかなかったけど、R-Typeは少しはやったかな。

Tyako Syumi

Gungnir [Elemental]

byハドソン

天外魔境シリーズ好きで、2はかなりやった気がする(о´∀`о)

桃鉄、Rーtype、ボンバーマン

PCエンジン~セガサターンに天外追いかけましたwww

Ly Lys

Atomos [Elemental]

奥が深い!!

高橋名人が作った会社だと思ってた・・・。

Kawa Saki

Tiamat [Gaia]

ハドソンって、蜂のロゴマークでしたっけ?
その程度の認識しかないですw

Kime Fatima

Tiamat [Gaia]

皆様コメントありがとうございます

くろねこさん 本当に凄い方です。そしてハドソン系列の専門学校出身なのです。

エインデベルさん そんなキャッチフレーズもありましたね。

せりがぼさん ハドソンは一時は栄華を極めていましたが・・・・
 やはりPC-FXの3D性能への出遅れが・・・

ルミナスさん コナミって元はジュークボックスのレンタルと修理で創業したんですよね
たうさん MZ-80! すごい! TK-80と違って画面がついてる!

ちゃこさん 根強いファンのいる作品もけっこうありますよね。

リリスさん もしかすると社長よりも高橋名人の方が有名ですねw

かわさきさん そうです。蜂のロゴです。ハドソンは初期にCQハドソンという、
 アマチュア無線店をやってました。アマチュア無線で北海道は8エリアに
 なります。8>ハチ>蜂 からだと言われている様です。真相は不明ですが。
 ロゴはさすがにC62にはしなかったんですねw

Supercharger Turbo

Ultima [Gaia]

冒険島とか以外に
桃太郎系もあったの忘れてた

Kime Fatima

Tiamat [Gaia]

すぱちゃさん コメントありがとうございます
桃電は制作者のひとりさくまあきら氏によると
ハドソンがコナミの完全子会社となったことで、制作を手掛けてきた開発チーム
「Team Kawada」の主要スタッフが退社、
ハドソンを吸収合併したKDE-Jに在籍する社員との間に発生したトラブルにより、
一時KDE-Jとは別の会社から続編が出ていましたが、その後仲直り?してKDE-Jからも
でている様ですね。

Ayame Kusushi

Valefor [Meteor]

C62!

貨物輸送向けの機関車D52のボイラーを流用した、
旅客用の蒸気機関車ですね。
それまでの旅客用の軸配置は2C1が基本でしたが、
ボイラーが重くて線路傷めるので
従輪に一軸追加して2C2となりました。

銀河鉄道999の機関車としても有名ですね。
999号のナンバープレートは、
漫画版と劇場版は「C62 48」、
TV版は「C62 50」と違いますが、
これは原作者の松本零士さんが実機の48号機の
ナンバープレートを所有していたからだそうで、
TV版は実際の車両が49号機までだったので
架空の機関車として続きの番号の50を割り当てた、
劇場版は、
制作にあたり当時の国鉄の協力が得られたので
原作と同じ48に戻した、らしいです。

京都鉄道博物館のC62 2、
スチーム号の運用からずっと外れたままなので
早く復帰してほしいですねえ……。

----

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対象のキャラクターは削除されました。

桃鉄ってちょっと前CMでみたような…🤔みんなの好きなゲームが残り続けてくれるのは嬉しいことですよね〜。しかしハドソンさん、ブルーオーシャンに果敢に飛び込むビジネス選択、素敵すぎる✨

Kime Fatima

Tiamat [Gaia]

あやめさん お詳しいですね^^
戦後貨物需要よりも旅客需要が増加し旅客用の機関車が足りなくなり、
そこに貨物用のD52のボイラーが余っていたのでC62が作られたらしいですね。
C62-2は宮原機関区時代にはいまいち調子が良くなかったみたいですね。
そういえば、2024年1月8日、営業運転後の給炭作業場にて、機関士の逆転ハンドルの操作ミスで
誤後進して車止めを突破、炭水車の最後輪が脱輪する事故を起こしたけど、大丈夫かな?

Kime Fatima

Tiamat [Gaia]

みうさん コメントありがとうございます
一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだった様ですね。
青い海も すぐに 赤くなっちゃって・・・

Acid Amino

Yojimbo [Meteor]

吉Pはホントガンガン前に出れるタイプだなって感じる
たぶん失敗もたくさんしてきたからこそ
挑戦もたくさんしてきて今があるんじゃないのかなって勝手に想像して尊敬してるw

Kime Fatima

Tiamat [Gaia]

あみのん コメントありがとうございます

ですねー。失敗無しで人は成長できませんものね。

Usagi Miffy

Mandragora [Meteor]

吉田Pってホント凄いですねぇ(๑•﹏•๑*)

ボンバーマンは私でも聞いたことがあるくらいの
ゲームですし、昔から凄かったんですねぇ🥰

Kime Fatima

Tiamat [Gaia]

うさぎさん コメントありがとうございます

真摯(しんし)にゲームに関わっていた という印象ですね。
そういうこともあって齊藤陽介氏がスクエニに招聘(しょうへい)したのでしょう。

Kirsha Modea

Kujata [Elemental]

こんばんは
ハドソン川くらいしか思い浮かばなかった。
そんな由来があったんですね。

北海道にゲーム会社ってびっくりしたけど、地元の人による地元の会社だったんですね。

Kime Fatima

Tiamat [Gaia]

カーシャさん コメントありがとうございます

事前の知識なしで社名の由来を当てられる方は少ないと思います。
そして われらが吉田Pも北海道出身なのです。
ただ インタビューを聞いた範囲では上司に恵まれてなかった様に思います。
ハドソンは自由な気風が武器だった様に思うのですが・・・・。

Aluminum Count

Yojimbo [Meteor]

お邪魔します。伯爵です。
またお利口になれるレポートのまとめに感謝!🙏
ハドソンはもちろん、ソフトバンクもずいぶん昔からあったんですね。
機関車からだったのも目からうろこです。
シュウォッチ、ジョイカード・・・🎮。

Kime Fatima

Tiamat [Gaia]

あるみ伯様 こめんとありがとうございます

ハドソンも 思ったより昔からあったみたいです。
アマチュア無線機器のお店だったのも驚きでした。
当時 流行ってましたからねー

Kanshow Koh

Typhon [Elemental]

ハドソン夫人!!

懐かしいですね~♪

今の今まで"ハドソン"で繋がりませんでした!

Kime Fatima

Tiamat [Gaia]

かんしょうさん コメントありがとうございます
シャーロックホームズは
NHKで放映された グラナダTV版が最高だと思います。
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