キャラクター

キャラクター

  • 0

小説: 胡蝶は宵闇/払暁に向かって飛ぶ 2話

公開
紅蓮4.3がっつりネタバレ満載です。未クリアの方は閲覧ご注意ください。


クリックして表示クリックして隠す



* * * * *


 知っていたはずだった。現実なんて、いつだってたやすく悪夢を凌駕することを、あたしはよく知っていたはずだったのに。
「もっと楽しそうな顔をしろよ、『新婚初夜』だぞ?」
 下卑た顔で嘲笑する男の様子に、じりじりと胸の奥で何かが燻る。何が新婚だ、何が初夜だ、ふざけるな知ったことか。そう、吐き捨ててやったらどれだけ胸がすくことだろう。罵って、怒らせて、殴られて死んでしまえばきっと楽になる。鎖で繋がれ床に引き倒され、身動きひとつ取れやしない今だったら、反撃どころか避けることさえ碌にできずに、あっさり死ねるだろう。
「安心しろよ、俺は優しいからな。『新妻』のお前にも、じっくりと楽しませてやる。いい旦那だろう?」
 首筋を粘っこくたどる指先の動きも、落とされる呼吸の熱っぽさも、何もかもが気持ち悪くて悍(おぞ)ましい。
 成金趣味丸出しの豪奢な部屋の中。あたしに伸し掛かる男の目が、部屋に負けず劣らずぎらぎらと輝いている。たっぷりと脂肪を貯め込んだ体は、火にくべればさぞや景気よく燃えるに違いない。
 村に居たときも、男たちからこんな目つきをされることはあった。今更おためごかしな親切ヅラされるのも反吐が出る思いだったけれど、下心が分かりやすい分逃げやすくもあって、だからこんな間近で見るのは初めてだった。
 『獣欲』とはよく言ったものだ、とぼんやり思う。目の前にいるのは、ひとのかたちをした『けだもの』で、あたしはその獣に宛がわれるために買われた家畜。きっとお似合いの人でなし同士なんだろう。
 あたしを「身一つで是非に」と請うたのだという、見知らぬ『旦那様』。あの家を出られるようになったことはもちろんほっとしたけれど、それ以上に、本当は新しい生活と新しい家族に一縷の望みを賭けていたのだ。
 もしかしたら。あの家とあの村だけが殊更に冷たいだけで、その外にはもう少しだけマシな世界があるんじゃないか。そこでなら、あたしももうちょっとだけまともに生きられるんじゃないか、なんて。
(――馬鹿馬鹿しい)
 「望まれて嫁ぐのだから、夫に従いよく尽くすように」だなんて養い親にしたり顔で言い含められて、素直にのこのこやって来たらこの様だ。
 養い親が、あたしの身をこの男に売ったのだと、わざわざ教えてくれたのは目の前のこの男だ。『義弟』の立身出世の邪魔にならないよう早めに、けれどなるべく高めにあたしを『処分』したかった親と、若くておとなしくて自由に扱える妻を欲しがった男の間とで、商談が成立したのだと、そう笑いながら。
 日陰者の妾としてではなく、正式に『妻』としてあたしの所有権を買い取ったのだから、この地のどこにも、あたしの逃げ場はない、だなんて。最初からあたしに逃げる場所なんて無いのに、お笑い種だ。
(『珊瑚の簪(かんざし)、絹の繻子(しゅす)。金襴緞子の帯締めて、花嫁御寮はどこへ行く』……)
 いつか聞いたわらべ歌と共に、幼いころに一度だけ見た花嫁行列を思い出す。しゃんしゃんと鈴の音と共に、晴れやかな笑顔で嫁いでいったあのひとも、今頃はあたしと同じように惨めな思いをしているに違いない。
 夫は妻を虐げ。妻は夫を陥れ。親は子を殴り、子は親を刺し殺す。この世界のどこにも救いなんてなくて、うつくしいものなんて全部全部まやかしで、きっとそれが世界の真理なんだろう。
 そうでなければ、ならないはずだ。だって、そうじゃないと、なぜあたしばかりがこんな――。
「余所ごと考える余裕があるとは、随分な態度じゃあないか。ご主人様に対しての誠意がたりないんじゃねえか?」
「……か、はっ……!」
 男の手の中で鎖がじゃらりと鳴る。あたしの首枷に繋がったそれを急に引かれたせいで、一瞬呼吸が詰まった。すぐに鎖が緩められて、今度は後頭部から床に叩きつけられる。
「その取り澄ました顔が、いつまでもつか……見ものだなぁ?」
 圧倒的に優位な立場からあたしを嬲ろうとする男の、嗜虐にゆがんだ笑みがあまりにも醜悪で、滑稽だった。あの世の獄卒だって、もう少し愛嬌があるに違いない。
(……あぁ、けれど)
 もし『地獄』なんてものが本当にあるのなら、きっとこの世界こそがそうなのだろう。

コメント(0)
コメント投稿

コミュニティウォール

最新アクティビティ

表示する内容を絞り込むことができます。
※ランキング更新通知は全ワールド共通です。
※PvPチーム結成通知は全言語共通です。
※フリーカンパニー結成通知は全言語共通です。

表示種別
データセンター / ホームワールド
使用言語
表示件数