霊4月26日
思いついたコトがあるのに言語化が難しい……。
「人間関係において"我慢する・しない"は正誤や普通か異常かには含まれない」はいいとして、
「人間関係で恐らく一般的に普通であること」は平易な表現をすればするほど
拡大解釈が可能で我慢するしないの話題に発展してしまう……。
例えば"ヒトが嫌がるコトをしない"は正しいんだけど
「意見を嫌がるヒトもいるから我慢する」が正しいとは限らないワケで……。
「暴言を吐かない」は普通だろうなあってか規約で"メッ"てされてることをしないのは
それこそ普通だと思う。ただそもそも暴言の基準も前後や人間関係で変わるのでェ……。
……………………(思考停止)
人間関係で我慢するのが当然のヒトと、我慢しないのが当然のヒトがいる。
我慢しないのが当然のヒトにとって、我慢するヒトのことは理解し難い。逆もしかり。
ケンカになるとお互いを「察してちゃん」「配慮がない」とか言い始める。
俺は我慢しない方。本当に全く我慢してないかってーとそんなコトはないが。
できるだけ"やめてね"と思ったことはすぐに言うし、"この前もあの時も"といった
過去にさかのぼって責め立てるようなことはあまりしないようにしている。
(例外はある)
察する・察さない、自己主張する・しないは個々人の性質や価値観であって
善悪や正誤の話じゃない。じゃー絶対に善悪や正誤で測れそうなモノは何か。
その"何か"さえ一致していればヒトってのは価値観が違っても付き合えるハズなんだ。
〆