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『Mon étoile』(3)後編1

公開
3-3-1

 落下の時間は、実際にはほんの数秒だった。その数瞬の間に、テオドールは神へ祈った。
 願いではなく、加護の行使を。
「戦神ハルオーネよ、我に不破の護りを!」
 叫びと共に、テオドールの身体をまばゆい光が包み込んだ。――インビンシブル。限られた時間ではあるが、自身に与えられるほとんどのダメージを無効化するナイトの秘技。
 テオドールは落下のダメージを打ち消すためにそれを用いた。だが、結論から言えばそれは不要だった。
 落下した先は、地下を流れる川だったからだ。
「――!」
 豪雨で増水したのか、川は激流であった。水深はそれほど深くなく、テオドールの足は何度か水底に触れた。おそらく流れが穏やかであるならば、直立したテオドールの腰くらいの水深のはずだ。しかし、激流の中で立つのは至難の業だ。テオドールはもがいたが、そのまま押し流されていった。
 抱きしめているヤヤカの顔が水の中に沈んだままにならないよう、テオドールはもがきながらも必死にヤヤカの位置を調節する。首筋にしがみついてくるヤヤカの腕に力があることに安堵する。
 流されながら上を見上げる。ところどころで天井――つまり地上――に裂け目や穴があり、そこから光が差しているおかげで、完全な暗闇ではない。それで、広大な空間が広がっていることが分かった。地上まで高さで10ヤルムはあるだろう。
 どれほど流されたろうか。もがきながら川岸へと近付いていたテオドールは、川の流れに今までと違う音が混じっていることに気付いた。前を見る。川の流れが途切れている。川は下へ落ちている……つまりは、滝だ。
 まずい。
 渾身の力を込めて川岸に手を伸ばす。届いた――が、掴める物が無い。かろうじて掴んだ石は地面から外れ、手の中に残った。あっという間に、テオドールとヤヤカの体は虚空へと投げ出された。
「口を閉じて!」
 ヤヤカにそう叫びながら、下を見る。意外なことに、落下先は明るかった。
 地面が光っている。否、光っているのは地面ではなく、そこに生えた花だった。それが、淡い光を発して周囲を照らしているのだ。かなり広い空間がある。
 おかげで、落下先が滝壺になっていてかなり水深がありそうなことが見て取れた。
 強くヤヤカを抱きしめる。ヤヤカのダメージを自分が引き受けられるよう、そして万が一に落下先の水中に岩などがあって直撃してしまう場合でも耐えられるよう、間に合う限り防御の技を使った。
 着水する。滝壺の水深は恐ろしく深く、鎧を着た状態での水泳を習得していなければ、そのまま沈むがままだったかもしれない。
 どうにか水際へとたどり着く。下生えの草に膝を付くと、テオドールはヤヤカを下ろし、自分は仰向けに倒れこんだ。ヤヤカは激しく咳き込んでいる。水を飲んでしまったからだろう。テオドールがいくら配慮したといっても、顔が水中に没していることは何度もあったし、最後の滝壺への落下を考えれば無理もない。
 大丈夫ですか、と問いたかったが声が出なかった。呼吸を整えるので精一杯だった。
 しばらく、周囲にはテオドールとヤヤカの荒い息遣いと、川の水が滝壺へと落下する音だけが響いていた。

「テオ……テオ、大丈夫……!?」
 ヤヤカの声で、テオドールは自分が意識を失っていたことに気付いた。目の前に、ヤヤカの顔がある。目にいっぱいの涙を溜めていた。きれいだな、とぼんやりと考えてから、ようやく精神が元に戻ってきた。そんな場合ではない。
「ヤヤカさん……お怪我は?」
 最も気にしていることを訊くと、ヤヤカが激しく首を振った。
「わたしは大丈夫。それより、貴方が……」
 そうか。自分は先ほどまで軽く意識を失っていたのだ。
「私も、大丈夫ですよ」
 努めて穏やかな声を出しながら、テオドールはゆっくりと身を起こした。身体の各所を動かしてみる。あちこちに打撲があるようだが、骨が折れていたり腱が切れているような箇所はないようだ。同時に周囲の観察も行っている。あちこちにある謎の光る花のおかげで、この空間のだいたいが見て取れた。
 魔物はいないようだ。ざっと円形の空間には、滝といくつかの小川、それからこの光る花を中心とした植物がある、中洲のようになっている緩やかな丘だけだ。
 滝壺からいくつにも分かれた小川が、地下空間のあちこちにある穴へと消えていく。人が通れる大きさの穴もあるが、先は見通せない。
「流されてしまいましたね」
「ええ……。さっき、リンクパールを使ってみたんだけど、繋がらなかった」
 ヤヤカの報告に、テオドールも自分のパールを探す。幸いにして失われていなかったが、ヤヤカの言う通り繋がらなかった。
「私のも繋がりません。これは壊れているのではなく、この場所に何らかの要因があるのではないでしょうか」
 しばし黙考したヤヤカが、そうかも、と呟いて立ち上がろうとして、膝を落とした。テオドールがヤヤカを支える。
「ご無理をなさらず。川に流されることは、想像以上に体力を消耗します。一旦、体を休めましょう」
「……でも、皆と連絡を取らないと」
「大丈夫ですよ」
 不安そうなヤヤカを安心させるため、テオドールはことさらに明るい声を出した。
「落ちた場所を降りることが出来れば、流された川自体は一本道です。ここへ辿り着くことはそう難しいことではありません。それよりも、今は濡れた体の処置のほうが先決です」
「……うん。大丈夫かな、みんな。襲われてたし……」
「それも心配ありません。彼らがあの程度の敵に後れを取ることはないです。――今の我々にできることは、彼らを信じて待つこと、そのために体を壊さないことです」
 不安はある。だが、テオドールはあえて言い切った。
「……わかったわ」
 ヤヤカが頷く。今は、彼女に不安を抱かせないこと。それが大事だった。
 方針が決まれば、二人の動きは早かった。
 日帰りの探索行の予定であったが、万が一を考え、一行は着替えを含め野宿できるだけの装備を整えている。当然背負い袋も濡れたが、防水処理をした革袋に入れた着替えはそれほど濡れてはいなかった。
 着替えた二人は、テオドールの指示で乾いた木や草、つまり暖を取るための焚き木を探した。この中洲に木は生えていなかったが、地下の川に落ち、ここまで流されて打ち上げられたのだろう流木はいくつもあった。その中から乾いた枝を選ぶと、テオドールはファイアシャードを用いて火をつけた。
 火のそばで温まると、自分たちの体がどれだけ冷えていたかが分かった。保存食を食べ、汲んできた水をヤヤカの錬金術で蒸留水にしたお湯で水分を採った。
「……ふう」
 一息ついたヤヤカが、少し眠そうな顔をする。疲れているのだ。当然だろう。
「少しお休みになられたほうが良いですよ」
 テオドールはヤヤカに自分の外套を渡す。
「……そうする」
 受け取ったヤヤカは外套を被る。エレゼンにはカウルでも、ララフェルにとっては全身を包む毛布代わりだ。横になったヤヤカは、とろんとした目でテオドールを見る。
「……テオ」
「――はい」
「この間の、続き。聞かせて」
 以前、彼女を送っていったときに話した、自分の過去のいきさつについてだ。寝物語にはちょうどいいかもしれない。
「分かりました」
 そう言って、テオドールは炎を見つめた。
「自分の狭い見識から故郷を見捨てた私は、混乱する皇都を抜け、寒冷化の始まっているクルザスを一気に駆け抜け――ティノルカ……黒衣森へと到着しました。しかし――」

 クルザスを出たテオドールは、アルダースプリングスへと至り、愕然とした。
 その様相が一変していたからだ。
 多くのハンノキが茂る、豊かな森林地帯だったはずだ。休日にここまで釣りに来る父が言っていた。静かでよい場所だと。
 それが。
 森は跡形もなくなっていた。大地は崩され、切り立った崖がいくつも生まれ、あろうことか宙に浮く岩塊がいくつもあった。地層が持ち上げられた結果、根を晒してしまったハンノキたち。それも、火災で葉が燃え尽きている。
 そして、巨大な落下物『ダラガブの爪』が、その禍々しい姿を屹立させていた。
 フォールゴウドも破壊され、人々は途方に暮れていた。傷付いた者が幾人もボロボロの村に転がり、廃墟も同然のありさまだった。
 そこでテオドールは、自分がただの『騎士の肩書を持つ貴族子弟』でしかないことを思い知らされた。
 自分の指示で動くものはいない。
 家名と立場を慮り、彼の手足となって動く者などだれもいない。
 自分ひとり。
 そして、そのたった一人の自分はといえば。
 負傷した者の傷の手当てもよく分からない。食事を作ることもできない。唯一頑健な肉体を持ってはいたが、それを戦闘以外に役立たせようという意識もなかった。
 戦闘はあった。
 ダラガブの爪から現れたのか、はたまた爪の影響で生れ出たものか判然とはしないが、それまでアルダースプリングスでは見ることのなかったゴーレムたちだ。それが暴れ、鬼哭隊の救助活動を妨げていた。
 加勢しようとしたテオドールを、鬼哭隊は拒絶した。「戦闘は我々が行う。お前は負傷した避難民の救助に回ってくれ」と。それは鬼哭隊の矜持でもあったし、より急務なのは避難民の救助であったから、その選択は今思っても正しい。
 だが、若きテオドールは途方に暮れた。
 救助と言っても、自分の下で救護班を指揮するわけではない。そもそも、今のフォールゴウドで組織だって救助活動をしているのものはほとんどいなかった。鬼哭隊と幻術士たちでは明らかに数が足りず、また彼らも傷ついていた。
 立ち尽くすだけのテオドールに、声をかけるものがあった。
「そこのイシュガルド人。手が空いているなら一緒に来てくれ」
 ミッドランダーの青年だった。自分と同年齢くらい、二十に達しているかどうかだろう。
 だが、テオドールは初対面で彼に呑まれた。
 自分と同じ年とは思えぬほどの落ち着きと風格があった。歴戦の神殿騎士――あるいは竜騎士の中には、こういう雰囲気の者がいる。どれほどの経験を積めば、この青年のような態度を得られるのだろう。
 青年は同伴者を連れていた。黒いカウルを来た、ミコッテ族の少女だ。しきりに周囲を見回しては、あれは何だこれは何だと青年に質問している。青年は嫌がるでもなく、淡々と彼女の問いに答えていた。
 テオドールは青年に連れられて、もとは商館だったと思しき建物の中に入った。そこには数十人の負傷者が横たえられており、幻術士と医者、薬師の三名が懸命に治療を行っていた。
 青年はテオドールに言った。
「あんたは騎士だろう」
「……なぜそれを」
「イシュガルドの騎士と仕事をしたことがある。だから騎士の動き方は知っている。それ以外にも理由はあるが、今はこっちだ」
 青年は治療を行っている三人に、手短に手助けにきたと述べた。三人は喜んだ、というよりは安堵した表情で救援に感謝した。
 青年は負傷者にかがみこんだ。大腿部から出血している。ひどい傷だ。傷の手当の仕方は分からないが、それがひどい傷かどうかは分かる。
「隣の負傷者を見てくれ」
 青年の言葉のままに、テオドールは隣の負傷者を見た。こちらはあちこちに細かな傷があり、一番大きいものは腕の骨折だ。それを報告すると、青年は止血をしながら答えた。
「この負傷者とあんたが見た負傷者、どちらがより死に近い」
「それは……太腿からの出血は生死にかかわる。貴方が看ている負傷者のほうが」
「そうだ。あんたには、それをやってもらいたい。最も急を要する負傷者をあっちの幻術士殿のところへ、そこまでではない者は、医者殿と薬師殿へ。俺はあんたが指示した負傷者を運ぶ。幻術士殿が間に合わないようなら、今のように止血をして急場をしのぐ。速力が武器だ。やれるか」
「あ、ああ」
 緊張した面持ちで頷くテオドールを横目に、青年は黒いカウルの少女に何かを囁いていた。
 選別は難しかった。これほどに緊張したのは、神殿騎士団の演習中に本物のドラゴンが現れ、テオドールの部隊が戦わざるを得なかったとき以来だ。あのときの自分は、犠牲を恐れずに戦う側、敢えて言うなら損害を出す側だった。たとえ我が身を犠牲にしてでも、背後の集落を護る。その一念で、部下たちを鼓舞し、自分も戦った。
 あのときとは何もかも状況が違うが、自分の判断に他者の命がかかっている。それだけは一緒だった。必死で傷を、死の匂いを識別して青年に伝える。それを澱みなく青年が実行する。それの繰り返しだった。
 ふと気づくと、黒いカウルの少女は幻術士の隣で治癒魔法を使っている。治癒の効果は幻術士より弱かったが、始めてから一度も休息をとらなかった。すさまじい魔力量だ。
 やがて、運び込まれていた負傷者は全員、何らかの目途がついた。見立てが間に合わず死んだ者もいたし、治癒の甲斐無く命を落とす者もいた。疲労困憊の幻術士たちに休息を勧めると、青年はテオドールを外へ誘った。少女が後からついてきた。
「まずは、お疲れ」
 水筒の水を差し出される。喉がカラカラだったことに、ようやく気付く。礼を述べ、水筒を受け取る。飲み干していい、と青年が言うのをありがたく受け、あっという間に水筒を空にした。
「貴方は一体……」
「俺か? 俺はただの冒険者だ。事情があって、転移させられた場所がここだった。――ああいや、忘れてくれ」
「……?」
 よくわからないが、何か事情があるのだろう。それよりも、彼が冒険者と名乗ったことが、テオドールの心に残った。冒険者。皇都ではあまり聞かないが、ドラゴンヘッドなのでは受け入れることもあるという。様々な専門技術を持ち、戦闘もこなせる、傭兵とは似て非なる者たち。
「私は、貴方が言った通り……皇都から来ました。霊災に苦しむ民に対し、力になりたいと……国を飛び出してきたのですが……。自分の無力を知りました」
 自嘲してうなだれるテオドールを見て、青年は肩をすくめる。
「で?」
「え?」
「それでどうする。無力を知って、それでどうする。国に帰るか」
「それは――」
 確かに無力は知った。だが、それでも。胸に宿った小さな火が、未だ消えない。気が付けば、テオドールは首を横に振っていた。
 冒険者が頷く。
「誰でも最初の一歩はある。あんたの場合、今日がそれだ。誰かの力になりたいと思ったんだろう。――なら、なってみるか。冒険者に」
 差し出された手を、テオドールはわずかな逡巡の後で、しっかりと握った。

「それが、私の冒険者としての師であり、友である――セイン・アルナックとの出会いでした」
 言葉を置いてヤヤカのほうを見れば、彼女はすでに眠っていた。くすりと笑って、テオドールはヤヤカを見つめた。
 ヤヤカからの依頼を受けた後で、テオドールはモモディからヤヤカの素性と事情を知らされていた。
 ブライトリリー家の娘であること。霊災で兄を亡くしたこと。両親が働かなくなり、経済的にも精神的にも頼る相手がいないこと。
 それでも、夢を叶えようと努力していること。
 どれほどの孤独と戦ってきたのだろう。
 自分は冒険者になってから、出会いの連続だった。セインから一人前と太鼓判を押され、一人で活動を始めた時も、すぐにメイナードやリリと気が合い仲間ができた。ノノノが後から加わり、フリーカンパニーもできた。
 孤独に耐えたことなど、数えるほどしかない。
 彼女の魂の強さを、テオドールは心から尊敬する。
 だから。
「私が、貴方を護ります」
 そっと呟いた。

(3章後編2へ続く)
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