
イル・メグ、リェー・ギア城の封印を解くために求める「貝殻の王冠」。
それを持つという、水の妖精たちフーア族に会いに湖を訪れた一行だったが、返事はない。
静かな湖面に、誰の声も響かない……そう思った刹那、ふわりと水面から囁くような声が聞こえてきた。
「おやおや……ヒトが用事? これはこれは!」
フーア族は、まるで水そのものが笑い出したような存在だった。
姿を見せぬまま、幻の園――ドォーヌ・メグへと誘ってくる。
「禁断の園ときたもんだ、ようこそようこそ!」
幻が踊り、歌い、咲き乱れる。
気づけば、水面が城となり、咲かぬ花が咲き、誰も知らぬ伝承の獣が現れ……
すべてが幻惑の中で、ただ一つ確かなのは、王冠へと続く道が、あまりに「愉快」だということだった。
「止まるな進めよ、イチ、ニ、サン! わっしょい!」
次から次へと仕掛けを仕込み、幻を放ち、しまいには「偽物の王冠」を押しつけては「残念! 本物はもっと奥~!」と笑うフーア族。
だが、笑いの奥には、どこか切ない透明さもあった。
戦いを終え、ついに手に入れた本物の「貝殻の王冠」。
だが、フーア族はそれだけでは満足しなかった。
「じゃあねキミ、王冠あげるから、キミももらっていきまァす!」
水しぶきが四方から噴き出し、気がつけば意識は遠のいていた――。
……目を開けたとき、そこは静かな湖の底。
周囲を水が包む中、ただひとりの声が響いた。
「………おい、目を開けろ……!」
アルバート。
光の戦士であり、闇の戦士。
遥かな過去、ノルヴラントを救おうと戦い続け、そして果てた男。
「フーア族に、してやられたな……。
溺れ死んだ魂から生まれた、そんな連中だと聞いたことがある。
お前じゃなかったら、今頃仲間にされてたかもな」
彼の声は、穏やかだった。
けれどその奥には、拭い切れぬ疲れと未練が滲んでいた。
「ここは……俺の生きてたころ、フッブートの王都だった。
名物のラム肉のシチューがあってな。冬は寒くて寒くて……
それでも、あの街は、居心地がよかったんだ」
沈んだ都の面影を語る彼の横顔に、どこか懐かしさが宿っていた。
過去は過去として流れ、もう戻ることのないものだと知りながら――
「本当に……俺たちは、何のために戦ったんだろうな……。
護りたかったんだ。誰かの未来を。……何もかもを」
彼の問いは、誰にでも、誰にも届かない。
ただ、水底の静けさの中に、響いていた。
――そして、奇跡のように地上へと戻ったとき。
仲間たちの安堵の声とともに、「貝殻の王冠」はその手に握られていた。
どれほど幻に迷わされようと。
たとえ誰の記憶にも残らぬ都に沈もうとも。
意志は、水よりも深く、想いよりも確かに、繋がっている。
だが、束の間の安堵は風にさらわれる。
スール=ウィンの報せが告げるのは――
「イル・メグに、武器を持ったヒトたちが近づいてきてるわ」
ユールモア軍。
あの老兵ランジートが、再び行く手を遮るのか。
幻想の宴が終わり、現実が牙を剥く。